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第2話 北端の塔(2)

Author: 酔夫人
last update publish date: 2026-05-20 17:51:32

サラリアがラーシュと出会ったのは地上にある小さな国だった。

豊かな水と肥沃な土に恵まれたその国は、一見すれば平和で穏やかな国に見えるが腐り切っていた。

特に王城。王は無能で、貴族は私腹を肥やし、醜く膨れ上がった後宮では女たちが互いを食い潰しながら生きていた。

サラリアはその国の王女だった。

父王には正妃が一人、側妃が九人。さらに愛妾は数え切れないほどいて、結果的に子どももまた大量にいた。王子が八人、王女が十二人。サラリアは第十王女だった。

·

サラリアは女だけの後宮で育った。

後宮のことを「花園」と呼ぶが、そんな呼び方は実態を知らぬ者が抱く幻想。管理されていない花園は地獄そのもの。美しい衣装や豪奢な宝飾品を身に着けて笑う女の傍らで多くの女が枯らされるように屠られていき、笑い声の隙間から泣き声や悲鳴が漏れ聞こえていた。

あの国の後宮は権力を持ちたい者たちの欲望と嫉妬と執着が腐臭のように淀んでいた。

女たちは自分の地位に執着し、子どもを使ってその座を維持し、誰かが上に行こうとすれば容赦なく蹴落とす。王の寵愛には限りのある世界。女たちは笑顔の裏で戦い、奪い合い、互いの喉元に刃を突きつけていた。

サラリアは、その空気を肌で覚えて育った。

廊下ですれ違う時の視線に滲むものは薄ら寒く、扇の向こうに笑顔とともに隠されたものは仄暗く、優しい声に滲むものはざらりと神経を逆なでる。

誰かが消えても翌日には何事もなかったように朝が来る世界。

あの世界では耐えるしかない。

耐えられなければ闇に飲み込まれ、飲み込まれた者はゆっくりと静かに冷たい土の下へ沈んでいく。そんな世界の理を、サラリアは子どもながらに本能的に理解していた。

後宮に閉じ込められた女たちに外へ出る自由はなく、王の気まぐれ一つで人生が決まる歪さは女たちの心に鬱憤を溜めていった。

女たちはその鬱憤を弱い者へと向ける―――『生贄』。

女たちは娯楽を求めるように生贄を欲し、絶えることなく生贄を作り、生贄を嬲る。言葉で刺し、平手で打ち、笑いながら心を削り、追い込み、じわじわと壊していく。

女たちは生贄を長く生かした。

その力加減が恐ろしいほど上手かった。

なぜなら、その生贄が死んでしまったら次の生贄が自分になるかもしれないから。だから彼女たちは微笑みながら生贄を壊し、壊し過ぎないように大事にもしていた。

サラリアの母親もそんな生贄の一人だった。

.

母親についてサラリアはほとんど覚えていない。

覚えているのは、その美しい顔が常に怯えていたこと。

優しい人だったかもしれないし、抱きしめられたこともあったかもしれないけれど、優しさも温もりもサラリアは覚えていない。

母親はサラリアが幼い頃に死に、なぜ死んだのかは周囲の会話から察した。

サラリアの母ナタリアは城で働く下女だった。

早朝から日暮れまで洗濯をしたり、床を磨いたり。名前すら覚えられないような無数にいる下働きの女の一人だった。

父王の目に留まったのは偶然。父王が気紛れに庭を歩いていたときに、偶然そこに居合わせてしまっただけ。ただそれだけ。運が悪かったとサラリアは思っている。

父王は欲望のままナタリアを襲い、父王にとって排泄と何ら変わらないその行為でナタリアはサラリアを孕んだ。

王の手がついた女は後宮入りが原則だったが父王は無類の女好きで、気の向くまま襲うように女性に手を出した。だから一度限りなら見逃されることも多かった。国の予算も無限ではないからだ。

しかし王の子を妊娠すれば話は別だ。

王の血を宿した時点でその女は後宮へ組み込まれる。ナタリアは後宮に部屋を与えられてサラリアを産み、そして後宮の闇に呑まれて死んだ。

病死ではなく、虐めによる衰弱死でもなく―――毒殺だった。

元下女の愛妾など本来なら誰にも気にされない存在。身分の低さから生贄になることはあっただろうが、毒で殺されることなど本来はなかっただろう。

それなのにナタリアが毒殺されたのは、父王がサラリアに寵愛を与えたから。

  「私の金色姫」

父王はサラリアをそう呼び、サラリアを常に傍らにおいていた。 

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